外部サービス連携時のAPIデータモデリング:外部モデルと内部モデルの分離戦略
はじめに:外部API連携とデータモデリングの課題
現代のシステム開発において、外部のサービスやAPIと連携することは一般的です。決済代行サービス、ソーシャルログインプロバイダー、地図情報サービスなど、様々な外部APIを利用することで、システムはよりリッチな機能を提供できます。
しかし、外部APIとの連携は、データモデリングの観点からいくつかの特有の課題をもたらします。外部APIが提供するデータの構造は、必ずしも自社のシステム内部で定義しているドメインモデルと一致しないことがほとんどです。また、外部APIは提供側の都合で変更される可能性があり、その変更が自社システムに影響を及ぼすことも考慮しなければなりません。
このような状況で、単に外部APIから取得したデータをそのまま利用したり、その構造に合わせて内部モデルを定義したりすると、以下のような問題が発生しやすくなります。
- 変更に対する脆弱性: 外部APIのレスポンス構造が変更された場合、その構造に依存している内部モデルや処理、そしてそれを公開している自社APIの構造まで変更が必要になる可能性がある。
- 内部モデルの歪み: 外部APIの都合に引きずられ、自社のビジネスロジックにとって最適なドメインモデルを定義できなくなる。
- コードの複雑性: 外部と内部のモデルが混在し、データの変換や整合性の管理が煩雑になる。
- 再利用性の低下: 外部APIに強く結合したコードは、他の連携や内部処理での再利用が難しくなる。
これらの課題に対処し、変更に強く保守性の高いシステム、そしてそれを支える堅牢なAPIを設計するためには、外部APIのデータ構造と自社の内部ドメインモデルを適切に「分離」する考え方が非常に重要になります。本記事では、この分離戦略に焦点を当て、具体的なデータモデリングのアプローチについて解説します。
外部API連携におけるデータモデリングの課題詳細
外部API連携において、具体的にどのようなデータモデリングの課題が生じやすいかを見てみましょう。
-
データ構造の不一致:
- 外部APIのエンティティ名、プロパティ名、データ型、ネスト構造などが、自社のドメインモデルと異なる。
- 外部APIのレスポンスには、自社システムでは不要な情報が含まれていることが多い。
- 外部APIは特定の用途に特化しており、汎用的なドメインモデルとは視点が異なる。
(例:外部APIがユーザー情報を返す際に、
user_id
,user_name
,email_address
といったプロパティ名を使用しているが、自社システムではid
,name
,email
といった名前を使用している。) -
データの粒度や表現方法の違い:
- 外部APIが返すデータは、自社のシステムで必要とする粒度よりも細かい、あるいは粗い場合がある。
- 状態の表現方法(例:数値コード、文字列、Enum)が異なる。
- 日付や時刻のフォーマット、タイムゾーンの扱いが異なる。
(例:外部APIが注文ステータスを数値コード
10: Pending
,20: Processing
,30: Completed
で表現するが、自社システムではEnumOrderStatus.PENDING
,OrderStatus.PROCESSING
,OrderStatus.COMPLETED
で管理している。) -
変更への対応:
- 外部APIがバージョンアップによりレスポンス構造を変更する可能性がある(プロパティの追加・変更・削除、構造の変更など)。
- 予期しない変更やドキュメント化されていない仕様変更が発生する可能性もある。
-
エラーハンドリングの不一致:
- 外部APIのエラーレスポンスの構造やエラーコード体系が、自社システムのエラーハンドリング基準と異なる。
これらの課題は、システム全体、特に外部連携部分のコードの複雑性を増大させ、将来的な保守や機能追加の大きな妨げとなり得ます。
なぜ外部モデルと内部モデルの分離が必要なのか
外部APIのデータ構造から自社の内部ドメインモデルを分離する主な目的は、自社システムの独立性と変更容易性を高めることにあります。
- 自社システムの独立性: 外部サービスはあくまで「外部」であり、その仕様は自社が完全にコントロールできるものではありません。外部の都合による仕様変更や障害は常に発生し得ます。システム内部の核となるドメインモデルが外部の仕様に強く依存していると、外部の変化が直接的に内部に波及し、システム全体の安定性や保守性が損なわれます。分離することで、内部モデルは自社のビジネスロジックにとって最適な形を保つことができます。
- 変更容易性: 分離された構造では、外部APIの変更による影響範囲を限定できます。例えば、外部APIのレスポンス構造が変わった場合でも、影響を受けるのは外部連携を担当する特定の層やモジュール内だけで済み、内部モデルやその他のビジネスロジック、そして自社APIの構造は変更する必要がなくなる可能性が高まります。これにより、システム全体の変更コストを削減できます。
外部モデルと内部モデルの分離戦略:アンチ・カリープ・レイヤー(ACL)
外部APIのデータ構造と自社の内部ドメインモデルを分離するための代表的な設計パターンとして、アンチ・カリープ・レイヤー (Anti-Corruption Layer - ACL) があります。これは、ドメイン駆動設計(DDD)における戦略的設計のパターンの一つですが、DDDを本格的に採用していないシステムでも、外部システムとの連携において非常に有効な考え方です。
ACLの基本的な考え方は以下の通りです。
- 外部システムを「異質な世界」と捉える: 外部APIは、自社のドメインモデルとは異なるルールや構造を持った世界であると認識します。
- 外部と内部の間に「変換層」を設ける: 外部APIとのやり取りはすべてこの変換層(ACL)を介して行います。
- ACL内でデータ構造を「変換」する: 外部APIから取得したデータは、ACL内で自社の内部ドメインモデルの形に変換されます。逆に、内部モデルから外部APIへ送信するデータも、ACL内で外部APIの期待する形に変換されます。
- 内部モデルはACLのみに依存する: 自社のビジネスロジックやドメインモデルは、直接外部APIのデータ構造を知りません。ACLが提供する、内部モデルに合わせた形式のデータのみを扱います。
これにより、内部ドメインモデルは外部APIの「腐敗」(異質な構造や変更)から守られ、健全な状態を保つことができます。
ACLによるデータ変換(マッピング)の実装
ACLの実装は、外部APIのレスポンスデータを内部モデルのオブジェクトにマッピングする処理が中心となります。このマッピング処理は、ACLとして独立したモジュールやクラスとして実装することが推奨されます。
具体的なデータ変換の例を見てみましょう。
仮に、以下のような外部APIのユーザー取得レスポンスがあるとします。
{
"id": "user123",
"displayName": "Alice Smith",
"email": "alice.smith@example.com",
"registrationTimestamp": 1678886400,
"status": "active",
"metadata": {
"lastLogin": 1678972800,
"loginCount": 5
}
}
一方、自社の内部ドメインモデルとしてのユーザーオブジェクトは以下のようになっているとします。
// Javaの例
public class User {
private String userId;
private String name;
private String email;
private ZonedDateTime registeredAt;
private UserStatus status; // Enum型
// コンストラクタ、getterなどを省略
}
public enum UserStatus {
ACTIVE, INACTIVE, SUSPENDED;
}
この場合、ACL内では外部APIレスポンス(JSONまたはそれをパースしたオブジェクト)を、内部の User
オブジェクトに変換するロジックを実装します。
// ACL内のマッピング処理(イメージ)
public class ExternalUserMapper {
public User mapToInternalUser(ExternalUserApiResponse externalUser) {
User user = new User();
user.setUserId(externalUser.getId());
user.setName(externalUser.getDisplayName());
user.setEmail(externalUser.getEmail());
// Unix Timestamp (秒) を ZonedDateTime に変換
user.setRegisteredAt(ZonedDateTime.ofInstant(Instant.ofEpochSecond(externalUser.getRegistrationTimestamp()), ZoneOffset.UTC));
// 文字列ステータスを Enum に変換
user.setStatus(mapStatus(externalUser.getStatus()));
// metadata など、内部モデルに不要なデータはマッピングしない
return user;
}
private UserStatus mapStatus(String externalStatus) {
switch (externalStatus) {
case "active": return UserStatus.ACTIVE;
case "inactive": return UserStatus.INACTIVE;
case "suspended": return UserStatus.SUSPENDED;
default: throw new IllegalArgumentException("Unknown status: " + externalStatus); // 未知の値への対応
}
}
}
// 外部APIレスポンスを表現するクラス(ACL内で使用)
public class ExternalUserApiResponse {
private String id;
private String displayName;
private String email;
private long registrationTimestamp;
private String status;
private Map<String, Object> metadata; // JSONのmetadataに対応
// getterなどを省略
}
このマッピング処理では、プロパティ名の変換だけでなく、データ型の変換(Timestamp → ZonedDateTime)、表現形式の変換(文字列ステータス → Enum)、そして不要なデータの選別(metadataをマッピングしない)が行われています。
自社APIレスポンスの設計におけるACLの活用
ACLで外部データを内部モデルに変換した後、それをそのまま自社APIのレスポンスとして公開するのではなく、自社APIの用途に合わせたデータ構造に再編成することが重要です。
例えば、上記の User
内部モデルを持つシステムが、クライアント向けにユーザー情報を取得するAPI /users/{userId}
を提供するとします。このAPIのレスポンス構造は、内部モデルに直接対応させつつも、クライアントにとって最も利用しやすい形に設計すべきです。
// 自社APIのユーザー情報レスポンス例
{
"userId": "user123",
"fullName": "Alice Smith",
"emailAddress": "alice.smith@example.com",
"registeredAt": "2023-03-15T09:00:00Z",
"userStatus": "ACTIVE"
}
この例では、自社APIのレスポンスは内部モデルの構造に近いですが、プロパティ名(fullName
, emailAddress
, userStatus
)はクライアントの使いやすさを考慮して命名されているかもしれません。また、日付形式もISO 8601形式になっています。
ACLで外部 → 内部への変換を行い、さらにAPI層で内部 → APIレスポンスへの変換を行うという二段階の変換が考えられます。
- 外部APIレスポンス (JSON) → (ACL) → 内部ドメインモデルオブジェクト → (API層) → 自社APIレスポンス (JSON)
これにより、外部APIの変更はACL内に閉じ込められ、自社APIの構造は内部ドメインモデルとクライアントの要求に基づいて安定的に設計できます。
外部APIの変更への対応とACL
ACLパターンは、外部APIの変更に強く対応するための強力な武器となります。
- 後方互換性のある変更: 外部APIがプロパティを追加するなど、後方互換性のある変更を行った場合、ACL内のマッピングロジックを修正するだけで対応できることが多く、内部モデルや自社APIへの影響を最小限に抑えられます。
- 後方互換性のない変更: 外部APIがプロパティ名を変更したり、削除したり、構造を大きく変更したりするなど、後方互換性のない変更を行った場合でも、影響範囲はACL内に限定されます。新しいバージョンの外部APIに対応するために、既存のACLを修正するか、あるいは新しいバージョンのための別のACLを実装するなどの選択肢を取ることができます。
例えば、外部APIが /v1/users
から /v2/users
に変わり、レスポンス構造が大きく変わった場合、以下のように対応できます。
ExternalUserMapperV1
をそのままにしておく(古いクライアント対応など)。ExternalUserMapperV2
を新しく作成し、新しい/v2/users
レスポンスを内部User
モデルにマッピングするロジックを実装する。- API層またはその手前で、どのバージョンの外部APIを使用するか、どのACLを使用するかを切り替える。
これにより、外部APIのバージョンアップに対応する作業が、システム全体ではなくACLに関連する部分に集中します。
考慮事項とアンチパターン
ACLパターンを採用する際の考慮事項と、避けるべきアンチパターンについても触れておきます。
考慮事項
- 実装コスト: ACLによるマッピング層を設けることは、外部APIのレスポンス構造をそのまま使う場合に比べて初期実装のコストがかかります。しかし、将来的な保守性を考慮すると、これはしばしば支払うべきコストと言えます。
- パフォーマンス: マッピング処理にはオーバーヘッドが伴う可能性があります。特に大量のデータを扱う場合や、複雑な変換が必要な場合は、パフォーマンスへの影響を評価し、必要に応じて最適化を検討する必要があります。
- エラーハンドリング: 外部APIからエラーが返された場合、ACL内でそれを検知し、自社システムのエラー構造にマッピングする必要があります。外部のエラーコードやメッセージをそのままクライアントに返すのではなく、自社システムの統一されたエラー形式に変換することで、クライアントは一貫したエラーハンドリングが可能になります。
- ドキュメンテーション: 外部APIの仕様、ACLでのマッピングルール、そして自社APIの仕様を明確にドキュメント化することが重要です。これにより、関係者(クライアント開発者、他のバックエンド開発者)はデータフローと変換ロジックを理解しやすくなります。
アンチパターン
- 外部APIレスポンス構造をそのまま自社APIレスポンスとする: これは最も避けたいアンチパターンです。外部APIの仕様変更が、自社APIの仕様変更に直結してしまい、クライアントに多大な影響を及ぼします。また、不要な情報まで公開してしまうことにも繋がります。
- マッピングロジックが各所に散らばる: ACLとして独立させず、外部APIを呼び出すサービス層やプレゼンテーション層などにマッピングロジックが分散していると、変更時の影響範囲が把握しづらくなり、保守が困難になります。
- ACLが薄すぎる、あるいは変換が不十分: ACLを設けていても、単にプロパティ名を少し変える程度で、外部の概念や構造をそのまま引きずっている場合、分離の恩恵を十分に受けられません。外部APIの概念を自社の内部モデルの概念にしっかりと変換することが重要です。
まとめ:変更に強いAPI設計のために分離戦略を
外部API連携におけるデータモデリングは、単にデータの形を合わせるだけでなく、外部の都合による変更から自社システムを守り、内部ドメインモデルの健全性を保つための戦略的な取り組みです。
アンチ・カリープ・レイヤー(ACL)のような分離戦略を採用することで、外部APIのデータ構造と自社の内部ドメインモデルを明確に切り離すことができます。これにより、外部APIの仕様変更があった場合でも、その影響をACL内部に限定し、システム全体、特に自社が公開するAPIの構造を安定させることができます。
多少の初期コストはかかるかもしれませんが、長期的なシステム保守性、変更容易性、そして内部ドメインモデルの独立性を考えると、この分離戦略は非常に有効なアプローチです。外部API連携を設計する際には、ぜひACLの考え方を取り入れ、変更に強いAPI、そしてシステム全体を構築することを目指してください。